仙台高等裁判所 昭和63年(う)161号 判決 1988年12月12日
主文
原判決を破棄する。
本件を仙台簡易裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人沼波義郎作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官楠原一男作成名義の答弁書に各記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。
控訴趣意第一点について
所論は、要するに、原裁判所は原判決の言渡しにおいて判決主文のみを宣告し、その理由を告知しなかったものであり、刑事訴訟法三三五条に則った適式な判決書が後に作成されているとしても、判決の言渡しそのものに理由を欠く違法があるかぎり、そのかしは治癒されるものではないから、原判決には理由を附さない違法があって破棄を免れない、というのである。
そこで、記録並びに当審公判廷における証人石山義人の証言及び被告人の供述を総合して検討すると、原審裁判官は、昭和六三年七月二九日午前一一時開廷の原審第一回公判期日の審理において、冒頭手続に続き証拠調べを終え、検察官及び弁護人の各意見を聴取したうえ、被告人の最終陳述を終わるや、直ちに判決する旨を宣したうえ、被告人に対し、「主文、被告人を懲役一〇月に処する。ただし、この判決に不服であるならば二週間内に控訴するように。」と告げて退廷し、同期日における審理及び判決の言渡しを終えたものとして公判期日を終了したものであること、原審書記官石山義人作成の昭和六三年八月三日付原審第一回公判調書(手続)には、前記公判期日において判決宣告がなされた旨の記載があるが、同月四日、原審弁護人から同公判調書の記載の正確性について異議の申立てがあり、原審裁判官は、昭和六三年九月八日付異議申立調書に「異議の申立ては理由がないものと考える」旨の意見を記載せしめていること、並びに右判決宣告期日当日付の原審裁判官作成に係る、主文等のほか、罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用など刑事訴訟法三三五条所定の理由を附した判決書が編綴されていることが認められる。
以上の事実関係から見れば、原審裁判官は、被告人に対する原判決の言渡しにおいて、公判廷でその主文のみを告知し、その理由は告げなかったことが明らかである。
もっとも、本件記録には、公判調書に判決宣告がなされた旨の記載があり、判決宣告期日当日付の原判決書が編綴されてはいるものの、原審における具体的な手続の推移及び原判決書の体裁から見れば、原判決書は宣告時に作成されていたのではなく、その後において作成されたものと見るほかはないから、原判決の宣告がこれに基いてなされたものと見る余地はなく、また、右公判調書に対してはその記載の正確性についての異議の申立てがあり、その異議申立調書には、裁判官の、「異議の申立ては理由がないものと考える」旨の意見が記載されてあっても、これによってその証明力が特に増強される訳ではなく、その意見は当該公判調書の証明力を判断する際の参考となるに過ぎないものであるから、原審の公判調書に判決宣告がなされた旨の記載があり、かつ、同日付の原判決書が編綴されているからといって、直ちに原判決の宣告が適法になされたものとすることはできず、前記認定を左右するに足らない。
あらためて言うまでもなく、判決の宣告は、公判期日(判決言渡期日)に公判廷において宣告によりこれを告知し(刑事訴訟法三四二条)、宣告によってその内容に対応した一定の効果が生ずるものと定められているのであって(刑事訴訟法三四二条ないし三四六条)、その期日における判決言渡手続は、必ずしもあらかじめ判決書を作成したうえこれに基づいて行うべきものとは定められておらず(最高裁判所昭和二五年(れ)第四五六号同年一一月一七日第二小法廷判決刑集四巻一一号二三二八頁、刑事訴訟規則二一九条参照)、裁判長(又は開廷した一人の裁判官、以下同じ)が判決の主文及び理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げ(同規則三五条)、更に上訴期間及び上訴申立書を差出すべき裁判所の告知(同規則二二〇条)がなされたのち、裁判長が判決宣告の終了した旨を告げるなどして被告人の退廷を許可することによって終了するものと解するのが相当であるから、判決宣告は全体として一個の手続と見るべきものであり、宣告のための公判期日が終了するまでは完了するものではなく、反面、判決宣告手続が閉廷によって終了した以上、その宣告内容に不備、不十分な点があるからといって、未だ訴訟法的に判決宣告が終わっていないとは言えないと解すべきである。
ともあれ、一般的に判決は宣告によって宣告された内容どおりのものとして効力を生じ、宣告内容と判決書の内容との相違がある場合は、公判廷において宣告されたところが判決となるものと解せられるが、いずれにせよ、判決については宣告と判決書の作成とが共に法令上義務付けられており、しかも両者は当然一致するものと予定されているのであるから、両者の内容が食い違っているときは、内部的に成立したとおりに判決を宣告しなかったか、又は宣告されたとおりの判決書が作成されなかったのかの違法があることになり、それは一体としての判決のかしとなる。即ち、宣告された内容と、判決書の内容とが異なるときは、上訴審からは、判決書の内容及び宣告された内容の双方を含む意味での全体が法令違反として破棄されることがあるものと言うべきである。(最高裁判所昭和五〇年(あ)第二四二七号、同五一年一一月四日第一小法廷判決、刑集三〇巻一〇号一八八七頁)
このように刑事裁判における判決の宣告は、内部的に成立した判決を外部的に成立させる重要な手続であり、訴訟法的にも保釈や勾留の失効など重要な効果とも直結しており、また、判決の宣告において理由ないし理由の要旨の告知をなすべきものとされている所以は、判決が拠って立つ根拠を説明するものであり、これによって被告人及び訴訟関係人は上訴の要否を決するのであるから、そのために必要な程度に理由を示すことに意義があるものと解され、このことは、判決に対する上訴期間が宣告の日を基準として計算され、また、判決書の被告人に対する交付が義務づけられていないのに対し、送達による告知が義務づけられ、かつ、上訴期間も送達の日を基準として計算される民事の裁判の宣告とは異なっていることからも明らかであり、たとえ、被告人及び訴訟関係人において何故に当該判決主文の宣告がなされたかを事実上推測し得るような観を呈する場合であっても、前述のように送達による告知が義務づけられている民事裁判の宣告と異なり、公開の法廷における告知によって対外的に成立する刑事判決手続の公正保持の観点及び被告人の利益を守る立場からみて、判決主文及びその拠って立つ根拠を公開の法廷で明確にすることは不可欠であり、判決言渡手続の厳格性を緩和する訴訟手続の実践には前述のような観点からおのずからなる限度があり、判決理由全部の告知を省くことは許されないものと言うべきである。したがって、主文のみを宣告しその理由の告知を欠いたものと見るほかはない原判決は、その理由を欠くものとして破棄を免れない。
論旨は理由がある。
よって、その余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七八条四号前段により原判決を破棄し、原裁判所をして更に審理を尽させるため、同法四〇〇条本文により本件を原裁判所である仙台簡易裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官金末和雄 裁判官井野場明子 裁判官千葉勝郎)